アーサー王は、5世紀末のブリタニアをサクソン人の侵攻から守ったとされる伝説的な王です。円卓の騎士を率い、聖剣エクスカリバーを手にキャメロットを築いた英雄として、その物語は中世以降、多くの文学作品に描かれてきました。
アーサー王の系譜は、偶然の積み重ねではなく、中世の作者たちが王権の正統性とその不安定さを表現するために形成した物語上の設定でした。この記事では、アーサー王の家族関係とその変遷を、神話・中世文学研究の視点から整理します。
1. アーサー王の家族図
1.1 アーサーの誕生
アーサーの父はブリタニア王ウーサー・ペンドラゴン、母はコーンウォール公ゴルロイスの妻イグレーヌとされています。ウーサーは魔術師マーリンの力を借り、ゴルロイスに成り代わってイグレーヌと関係を持ち、アーサーが生まれました。 この誕生は、王権の正統性に最初から影を落とす設定として描かれ、後の悲劇の伏線となります。
1.2 異父姉妹の存在
イグレーヌは前夫との間に娘をもうけており、その中にはモルゴースとモーガン・ル・フェイが含まれます。 モルゴースはオークニー王ロトの妻となり、モーガン・ル・フェイは魔術に通じた女性として描かれました。彼女たちは、アーサーが築こうとした秩序とは異なる価値観を体現する存在として、物語に緊張をもたらします。
モーガンは、エクスカリバーに付随する魔法の鞘を奪い去り、アーサーが致命傷を負わない力を失わせます。また、円卓の騎士たちを陥れる策を巡らせ、宮廷内部の不信を拡大させました。一方で、カムランの戦いで致命傷を負ったアーサーを、伝説の島アヴァロンへ運んだのもモーガンであったとされています。 彼女は単なる敵役ではなく、アーサーの運命と切り離せない存在として描かれています。
1.3 モルドレッドの出生
伝説の中で最も重要な存在が、アーサーの息子モルドレッドです。 13世紀以降の散文ロマンスでは、アーサーが即位後、異父姉モルゴースと互いの身分を知らぬまま関係を持ち、その結果生まれた子がモルドレッドとされます。この設定によって、王国の崩壊は外敵ではなく、王自身の過ちによって引き起こされるものとして描かれました。
ただし、初期の伝承では、モルドレッドはロト王の子とされる場合もあり、物語の時代や地域によって系譜は変化しています。こうした違いは、作者が王の責任や悲劇の性格を調整するために設定を変更してきた結果と考えられます。

2. アーサー王伝説の形成と変化
アーサー王の系譜は固定されたものではありません。
12世紀のジェフリー・オブ・モンマス『ブリタニア列王史』では、物語は比較的単純で、近親関係による悲劇は強調されていませんでした。
13世紀以降のフランス散文ロマンスでは、キリスト教的倫理観や宿命論を強めるため、近親相姦や血の罪といった設定が追加されます。
15世紀のトマス・マロリー『アーサー王の死』によって、これらの要素が整理され、現在よく知られる物語像が定着しました。
3. 血縁が導いた終焉
アーサー王の最期は、家族関係がもたらした悲劇の集約でした。 王位を簒奪したモルドレッドとの戦いで、アーサーは息子を討ちますが、自身も致命傷を負います。王国は、血縁によって内部から崩壊したのです。